理論グリッド脳トレの理論的位置
─ 発想力・創造力を育てる新感覚脳トレ ─

 日本では高齢化が急速に進んでいます。2025年9月時点で高齢者人口は3,619万人に達し、総人口に占める割合は29.4%となりました(総務省)。また、2022年時点で認知症の人は約443万人と推計され、これは65歳以上人口の12.3%にあたります(厚生労働省)。さらに、自分が認知症になった場合の不安として「家族に身体的・精神的負担をかけるのではないか」と答えた人は74.9%にのぼります(内閣府「認知症に関する世論調査」2025年)。これらの数値は、認知症が個人の問題にとどまらず、家族や社会全体に関わる切実な課題として認識されていることを示しています。

 こうした不安を背景として、脳トレ(脳トレーニング)や認知機能向上を目的とした活動が広く普及してきました。2000年頃、東北大学教授の川島隆太の研究チームは、高齢者、とりわけ認知症患者の脳機能低下を防ぐ研究を開始し、単純な計算や音読が脳機能の維持・改善に一定の効果をもつことを報告しました。2004年にはその成果をもとに、KUMONと共同で認知症の改善・維持を目的とした「学習療法」を開発・事業化します。さらに2005年、『脳を鍛える大人のDSトレーニング』が爆発的なヒットとなり、「脳トレ」は社会現象ともいえる広がりを見せました。その後、脳トレは計算や音読にとどまらず、スマートフォンアプリや身体運動と組み合わせた実践など、多様な形へと展開しています。

 一方で、その効果については批判的・限定的な見解も示されています。京都大学名誉教授の櫻井芳雄は、『まちがえる脳』において、脳トレの科学的根拠に対して疑問を呈しています。また、アドリアン・M・オウェン(Adrian M. Owen)らは、2010年に11,430人を対象とした6週間の大規模研究を実施し、訓練した課題の成績は向上するものの、未訓練課題への転移効果や知能全体の向上を示す証拠は認められなかったと報告しました。つまり、「計算練習をすれば計算は速くなる」が、「それによって記憶力や思考力まで向上するとは限らない」ということです。

 もっとも、ヘレン・ブルッカー(Helen Brooker)、キース・A・ウェスネス(Keith A. Wesnes)らは、オンライン研究「PROTECT」に登録した50~93歳の認知的に健康な19,078名を分析し、パズルを行う頻度が高い人ほど認知テストの成績が高いという関連を報告しました。とはいえ、この研究は観察研究であり、パズルが認知機能を高めたのか、それとも認知機能の高い人がパズルを好むのかという因果関係までは明らかにしていません。

 こうした議論を踏まえると、重要なのは「脳トレが万能か否か」という二分法ではなく、どのような活動が、どのような文脈で、どの側面の認知機能に関わるのかを丁寧に検討する姿勢であるように思われます。

 国立長寿医療研究センターの島田裕之医師は、アート活動が認知機能低下の予防に寄与する可能性を指摘しています(「認知症の危険因子「うつ」の改善に効果あり!アートと認知症について」、『アートリップ入門: 認知症のうつ・イライラを改善する対話型アート鑑賞プログラム』)。この観点に立てば、造形原理を基盤として考案されたお絵描きトレーニング「グリッド脳トレ」も、認知機能に何らかの好影響をもたらす可能性をもつ実践として位置づけることができるかもしれません。

 「グリッド脳トレ」は、約5mmの方眼マス目を塗りつぶすという単純な造形行為によって、絵や模様を描く新しいお絵描きプログラムです。本プログラムは、次の4つのステップで構成されています。

第1ステップ(補完)

 欠けた部分のある模様や計算式を、マス目を塗りつぶして補完します。

第2ステップ(模写)

 絵や模様の見本を、マス目を塗りつぶして模写します。


第3ステップ(発想)

 物の一部や輪郭が描かれた図から浮かんだ発想を、マス目を塗りつぶして描き加えます。


第4ステップ(自由)

 まっさらな方眼紙に自由に思い浮かんだイメージを、マス目を塗りつぶして表現します。

 (各ステップの具体的な進め方や実例、動画は、サイト内の「やり方」ページをご覧ください。 

 https://gridbt.webnode.jp/how-to/ )

 第1・第2ステップでは、手を動かしながら集中力を高めるとともに、形の位置関係や全体のバランスを把握する力(視空間認知能力)を養います。

 第3・第4ステップでは、与えられた形や空白から発想を広げ、自由なイメージへと表現を発展させます。正解のない状況の中で主体的に表現へ挑戦することにより、発想力や創造力を高めます。

 なお、第1・第2ステップにおいても、その目的から正解を求めるものではありません。仮に誤りがあったとしても指摘は行いません。


 多くの芸術活動は自由度が高い一方で、初心者にとっては心理的な障壁が大きい場合があります。これに対し、グリッド脳トレは、補完・模写といった比較的取り組みやすい課題から始まり、発想・自由へと段階的に進む構造をとっています。この構造により、参加のしやすさと創造性の発揮を両立させている点に独自性があります。


 また、従来の脳トレの多くは、計算、記憶、語想起、パズル課題など、評価指標が、正答率・速度・得点といった数量的基準に依拠しています。それに対してグリッド脳トレでは、成果は点数ではなく、表現の多様性や独自性として現れます。したがって本手法は、認知機能の「強化」を目的とするのではなく、発想力や創造力の「育成」に重きを置く点に特徴があります。


 その意味で本プログラムは、認知トレーニングでありながら芸術表現へと接続する、新しい創造的活動であり、認知訓練と芸術実践を両極とする領域に位置づけられます。

 もちろん、「グリッド脳トレ」と認知症予防との関連について、医学的検証は現時点では十分ではありません。とはいえ、三年間にわたりシニア層を対象として継続してきた講座では、多くの受講生が独自性のある作品を生み出し、創造的活動への参与が持続しています。これらの実践的知見は、創造的表現と認知機能との関係を考えるうえで、今後検討されるべき一つの手がかりを示しているといえるでしょう。

参考データ・文献

総務省統計局(2025年9月14日).
統計トピックスNo.146 統計からみた我が国の高齢者―「敬老の日」にちなんで―.https://www.stat.go.jp/data/topics/pdf/topi146_summary.pdf

厚生労働省(2023).
認知症および軽度認知障害(MCI)の高齢者数と有病率の将来推計.
https://www.mhlw.go.jp/content/001279920.pdf

内閣府政府広報室(2025年10月10日).
認知症に関する世論調査(速報).
https://survey.gov-online.go.jp/202510/hutai/r07/r07-ninchisho/gairyaku.pdf

櫻井芳雄(2023).『まちがえる脳』(岩波新書).岩波書店.

Owen, A. M., Hampshire, A., Grahn, J. A., et al.(2010).
Putting brain training to the test. Nature, 465, 775–778.
https://doi.org/10.1038/nature09042

Brooker, H., Wesnes, K. A., Ballard, C., Hampshire, A., Aarsland, D., Khan, Z., Stenton, R., McCambridge, L., & Corbett, A. (2018).
An online investigation of the relationship between the frequency of word puzzle use and cognitive function in a large sample of older adults. International Journal of Geriatric Psychiatry, 34(3), 441–452.
https://doi.org/10.1002/gps.5033

島田裕之(2020).
「認知症の危険因子『うつ』の改善に効果あり!アートと認知症について」.林容子(編)『アートリップ入門―認知症のうつ・イライラを改善する対話型アート鑑賞プログラム』.誠文堂新光社.pp. 99–109.

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